研究テーマ4の詳細: ScAlMgO4基板上への可視発光ダイオードの作製

 可視光は光の波長が約380 nmから780 nmの領域の光に相当し、 様々な用途に用いられています。 例えば、可視光を組み合わせて作られる白色光は家庭用の照明や電子機器の バックライトに、さらに、赤色および青色レーザダイオードは、DVDおよびBlu-ray Discの ピックアップ光源にそれぞれ用いられています。 III-V族窒化物半導体混晶であるInGaNはGaNとInNの混晶であり、 InNモル分率を変化させることでバンドギャップエネルギーをGaNの約3.4 eVからInNの約0.6 eV まで変化させることができます。これは発光波長がそれぞれ約364 nmから2000 nmに相当します。 つまり、原理上、近紫外領域から可視光領域全域をカバーし、 近赤外領域まで発光可能な材料であると言えます。 さらに、全組成域で直接遷移発光であるため、 可視光領域で発光する半導体光デバイスの材料として非常に注目を集めています。 しかし、InGaNを活性層に用いた発光デバイスの外部量子効率は、 比較的In組成の低い青色発光領域で高い効率を有しているものの、 緑色や黄色、赤色といった高いIn組成が必要な長波長発光領域ほど 効率が低下するという問題があります。例えば、青色領域では80 %以上の効率が 得られている一方、赤色領域では1 %程度であり、 現在、AlGaInP系の材料が赤色発光デバイスの材料として用いられています。 紫、青、緑色領域ではInGaNによる発光デバイスがすでに実用化され、 その発光波長の長波長化に向けた開発が進みつつありますが、 未だ青色領域に匹敵する効率には到達していないのが現状です。

 発光デバイスの外部量子効率を決める要因として、 電流注入効率、内部量子効率、光取り出し効率がありますが、 ここでは内部量子効率に着目してお話します。 InGaN系材料の内部量子効率が発光波長の長波長化に伴って低下する主な要因として、 GaNとInNの大きな格子不整合(約10 %)が挙げられます。 従来のInGaN系発光デバイスでは、InGaN活性層がGaN下地層に歪んで成長されるため、 In組成が高いほどInGaN層の格子歪が増大します。 この格子歪の増大は、以下の問題を引き起こします。

・ピエゾ分極由来の内部電界の増大
 InGaN層がGaN(0001)上に歪んで成長した場合、 [0001]軸(c軸)に沿った方向にピエゾ分極が生じます。 InGaN層の格子歪の増大は内部電界の増大を引き起こし。 活性層内の電子と正孔を空間的に分離させてしまいます。 したがって、内部電界が増大するほど、この効果が顕著になり 発光再結合する確率が低下します。

・格子緩和による結晶品質の低下
 In組成が高くなるほど、 GaN下地層とInGaN活性層との間の格子不整合が大きくなり、 InGaN層の格子緩和が生じやすくなります。 格子緩和が生じるとヘテロ接合界面に格子不整転位が発生し、 これが非発光再結合中心 (電子と正孔が再結合した際に光に変換されず熱になってしまいます。) として働き、内部量子効率を低下させてしまいます。

格子不整合を低減することが重要
 我々の研究室では、 従来のデバイス構造に用いられているGaN下地層に代わり、 InGaN下地層を用いることで緑色から赤色といった長波長領域で発光する 高In組成のInGaN活性層に生じる歪を低減させようというアプローチに 取り組んでいます。従来、 窒化物半導体の成長基板としてsapphire基板が用いられていますが、 InGaN下地層を成長するための新規基板材料としてScAlMgO4という材料を 提案しています。この材料は、六方格子を有し、(0001)面上に成長した場合、 GaNとの格子不整合度は約1.8 %であり、 In組成が約17 %のInGaNと完全に格子整合します。 GaN下地層を成長した場合でもsapphireとGaNの格子不整合度(約14 %)より 非常に小さいことに加えて、 無歪のInGaN下地層を成長する基板として非常に有用な材料と言えます。 そこで当研究室では、 ScAlMgO4基板上へのGaNを下地層としたデバイス構造の結晶成長技術 を確立し、 さらに、これをInGaNを下地層とした構造へ発展させるという試みを行っています。 (下図参照)


 我々は実際に、 有機金属気相成長法を用いてScAlMgO4(0001)基板上に GaNを下地層とした可視発光ダイオード(LED)の作製に成功しました[1]。 以下の図は当研究室で作製したLEDの発光強度の注入電流依存性を示しています。


 我々はScAlMgO4基板上LEDが 従来のsapphire基板上のLEDと比較して優れた発光特性を 有することを明らかにしました。さらに、 ScAlMgO4基板上に格子整合したInGaN単層層の成長に初めて成功し、 In組成が約17 %のInGaNと基板との格子整合性を実験的に実証しました[2]。 下図はScAlMgO4基板上InGaN単膜のX線逆格子マッピング測定 による両材料の非対称面の回折スポットを示しています。


 両スポットの横軸がほぼ一致していることが分かりますが、 これは(0001)面内の格子定数がほぼ一致していることに相当します。 このInGaN下地層上に、さらにIn組成の高いInGaN活性層を成長すれば、 従来のGaN下地層上に成長した場合と比較して、 大幅にInGaN活性層の歪を低減させることができると期待されます。 以上のように、ScAlMgO4基板は InGaN系可視発光デバイスの成長基板として 高いポテンシャルを有していると言えます。

関連発表・論文 (リンク先は学内から見ることができます)
[1] T. Ozaki, M. Funato, and Y. Kawakami,
  Appl. Phys. Express. 8, 062101 (2015).
[2] T. Ozaki, Y. Takagi, J. Nishinaka, M. Funato, and Y. Kawakami,
  Appl. Phys. Express. 7, 091001 (2014).