研究テーマ2の詳細: 深紫外発光AlGaN/AlN量子井戸構造の作製

[深紫外光の重要性]
 深紫外光と呼ばれる波長200-280 nmの領域の光は、 肉眼では観察することができません(可視光の波長はおよそ380-780 nm)。 しかしながら、この領域の光にしかできない大きな仕事が数多く存在します。 例えば、深紫外光はDNAやたんぱく質、生物・生体との相互作用が強いことが知られており、 医療機器や殺菌・浄水などに用いられます。また、別の分野への応用としては、 高密度の光記録への応用も挙げられます。一般に、光ディスクや光磁気ディスクでは、 記録層においてレーザをどれだけ微小スポット化できるかによって記録密度が決まります。 元々のレーザ光の直径をD、スポットに絞るためのレンズの焦点距離をf、レーザ光の波長をλとすると、 スポットの直径はfλ/Dに比例した値になるため、 波長がより短い深紫外光は高密度光記録に適していると言えます。

 上記以外にも、液晶ディスプレイの作製に必要である、 液晶分子の配向機能の付与にも深紫外光の照射が用いられたり、 あるいは半導体プロセスに利用されたりと、様々な分野への応用がなされることから、 深紫外光は非常に重要な光であると言えます。しかしながら、現在用いられている深紫外光源は、 水銀ランプやエキシマレーザなどのガス光源であり、これらは大型で低効率、 さらに短寿命という実用上の欠点を数多く有しています。これに加えて、 ガス自体が有害であるという根本的な問題もあります。例えば、 エキシマレーザに用いられるArF(フッ化アルゴン)のようなフッ素系ガスは、有毒性が極めて高く、 吸引すると死に至る恐れもあります。このように、欠点の多い現行の深紫外光源に代わる新たな深紫外光源を、 半導体を用いて実現することができれば、無毒で高効率、長寿命な光源を実現することができます。


[半導体で深紫外光源を実現するためには]
 では、半導体を用いて深紫外光を実現するためにはどのような材料を用いればよいのでしょうか。 波長の短い光を実現するためには、大きなエネルギーバンドギャップを有する、 ワイドギャップ半導体を用いる必要があります。その中でも、 川上研究室では6.0 eVという非常に大きなバンドギャップを有するAlN(窒化アルミニウム)という半導体材料に注目をしています(ちなみにSiのバンドギャップは1.1 eV)。 単一材料のみを使用する場合には、選んだ材料のバンドギャップで発光波長も自動的に決まってしまうため、 自由な波長選択ができません。このため、AlNと同じ窒化物系のワイドバンドギャップ半導体であるGaN(窒化ガリウム)(バンドギャップ3.4 eV)を混ぜ合わせ、 AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)という混晶を作製します。 これにより、バンドギャップを3.4-6.0 eVの範囲で自由に変化させることができるようになり、 波長210-350 nmという深紫外領域の光の波長を自由に選択することが可能になります。

 つづいて作製する構造についてです。 川上研究室ではAlGaN/AlN量子井戸構造を作製することで、 高効率な深紫外光発光素子の実現を目指しています。量子井戸構造とは、 下図のように、バンドギャップの大きな材料でバンドギャップの小さな材料を挟んだ構造のことで、 より効率よく電子と正孔を再結合させて高効率な発光を実現することができます (この材料系の場合、たとえばAlN層でAlGaN層を挟む)。


 このとき、間に挟む"井戸層"の厚さは"数 nm"という非常に薄い層になるため、 原子レベルで平坦な膜の作製技術が要求されます(原子1つは0.1 nm程度の大きさ)。 このような半導体結晶や層構造を作製することを結晶成長と呼びます(厳密には半導体に限らない)。 川上研究室では、有機金属気相成長法(MOVPE)という手法を用いて結晶成長を行っています(基板材料としてはサファイアとAlNを主に利用)。 AlGaN/AlN量子井戸構造の結晶成長を行う上で、もうひとつ大きな構造上の選択肢があります。それは成長面です。 成長面とは、結晶構造を考えた際に、どういった向きに結晶成長を行うかを指しています。 この成長面によって、大きく発光特性が変化します。下図にAlN(AlGaN)の結晶構造と、いくつかの結晶面を示しています。 このAlGaN系の半導体は、ウルツ鉱構造という六方晶の結晶構造を持ち、六角柱の一番上の面をc面と呼んでいます。 c面は極性面とも呼ばれ、これに垂直な面を無極性面と呼びます。このc面と無極性面の間の面を半極性面と言います。


 上述のようなAlGaN/AlNの量子井戸構造を作製すると、 AlGaN層とAlN層では格子定数が異なるために、AlGaN層に歪みを生じます。 このときc面上に成長が行われていると、この歪みに伴って成長方向に大きな内部電界が生じ、 量子井戸(AlGaN層)内の電子と正孔が空間的に分離されてしまう現象が起きます(下図参照)。 こうなってしまうと、電子と正孔の再結合確率が落ちてしまい、効率の低下を招いてしまいます。 一方で、半極性面や無極性面上に成長を行うと、 この内部電界を非常に小さくできるため、より高効率な発光が期待できます。 しかしながら、c面上の成長に比べて、半極性面や無極性面上への成長は難しいという問題を抱えており、 なかなか良質な結晶を得ることができていませんでした。


[半極性面AlGaN/AlN量子井戸構造の結晶成長]
 川上研究室では、上記の様々な成長面の中でも、とくに半極性面に注目しています。 ここでは、半極性面の中でもr面上の結晶成長について述べます。 先程述べましたが、量子井戸構造を作製する際には、原子レベルで平坦な膜を成長する必要があります。 そのためには、まず下地となるAlN層を平坦に成長する技術を確立しなければなりません。 ここで、参考のためにc面上に成長したAlN膜の表面像(AFM像)を下図に示します。


 c面上に成長したAlN層は表面に階段状の構造をとり、 その段差は0.25 nm程度(1分子層の高さ)と非常に平坦な構造を有していることが分かります。 これほど平坦なAlN膜が得られれば、高品質な量子井戸構造は比較的容易に作製することが出来ます。 しかし、このc面上の成長と全く同じ条件を用いてr面上に成長を行うと、 下図左のように表面には大量のピット(穴)が出現し、表面が荒れてしまうことが分かりました。 表面の粗さを表す自乗平均粗さ(RMS)の値は59.8 nmであり、数nmの量子井戸を作製するのは困難な状態と言えます。 川上研究室では、様々な成長条件を模索することで、遂に改善策を見出しました。 それは、成長圧力を従来の値から一桁大きくするという手法です。これにより、 表面のピットを消滅させることに成功し、粗さが0.18 nmという原子レベルで平坦な半極性面AlN膜の成長に世界で初めて成功しました[1]。


 このような高品質なr面AlN膜の成長につづいて、r面上AlGaN/AlN量子井戸構造の作製にも取り組みました。 実際に成長したr面上AlGaN/AlN量子井戸構造の断面図(TEM像)を下図に示します。 このときのAlGaN層の厚さは2.5 nmで、非常に良好な界面を持つ量子井戸構造が実現できていることが分かります。 この高品質な半極性面量子井戸の実現により、c面上の量子井戸構造の約75倍の発光強度を持つ、 高効率な深紫外光を実現しました[2]。一定の成果は挙げましたが、AlGaN系半導体は、 まだまだ効率の向上を目指していかなくてはいけない段階にあります。現在も引き続き、 さらなる高効率化に向けて、新たなアイデアを考えながら研究に取り組んでいます。


関連発表・論文 (リンク先は学内から見ることができます)
[1] S. Ichikawa, M. Funato, S. Nagata, and Y. Kawakami,
  10th Int. Conf. on Nitride Semiconductors, A5.05, Washington, DC, USA, (Aug. 2013).
[2] S. Ichikawa, Y. Iwata, M. Funato, S. Nagata, and Y. Kawakami,
  Appl. Phys. Lett. 104, 252102 (2014).