研究テーマ1の詳細: 二探針プロープによる走査型近接場光学顕微鏡の開発

 小学校の理科の実験で、顕微鏡を覗いたことを覚えているでしょうか?顕微鏡を使うと、肉眼では到底見えない物の観察が可能となります。 我々が頭に思い浮かべるこの顕微鏡は、厳密には"光学顕微鏡"と呼ばれるものです。物体に光を照らし、その物体と相互作用した光(発光・透過光・反射光)を結像する、観察の手段として光を用いているため、光学顕微鏡と名付けられています。

 それでは、光学顕微鏡以外の"○○顕微鏡"もあるのか?と思った方、とても鋭いです。光学顕微鏡以外の代表的な顕微鏡として、"電子顕微鏡"、"走査型プロープ顕微鏡"と呼ばれるものが存在します。 何故このような、光学顕微鏡以外の顕微鏡が開発されたのでしょうか?その主要因として、"光の回折限界"という問題があります。 光の回折限界についてここでは詳しく述べませんが、誤解を恐れずに言えば、光学顕微鏡では光の大きさよりも小さな構造を分離して観察することができないと言って良いでしょう。 人間の眼に見える光の大きさ(波長)は、およそ380-780 nm ("n"はナノ、10のマイナス9乗を意味)なので、光学顕微鏡ではこれより小さいものを分離して観察することができません。

 人間の髪の毛の太さは普通80 μm ("μ"はマイクロ、10のマイナス6乗を意味)程度と言われています。 したがって、髪の毛が隣接していても、光学顕微鏡で十分分離して観察することが可能です。 一方、二重らせん構造で有名なDNAですが、その直径は2 nmと報告されています。 したがって、光学顕微鏡ではDNAの二重らせん構造を観察することはできません。 また、近年のナノテクノロジーの発展は、光学顕微鏡では分離して観察することのできない微細構造の作製を可能としました。 このような、自然または人工的に形成された、光学顕微鏡では観察することのできない微細構造の観察手段として、電子顕微鏡や走査型プローブ顕微鏡が現在普遍的に用いられています。

 以下では、後者の走査型プローブ顕微鏡に着目します。走査型プローブ顕微鏡とは、先端の尖った針のようなもの(探針またはプローブと呼びます)で物体表面を走査することで、 物体の情報を得る顕微鏡の総称です。 この走査型プローブ顕微鏡の一種に、"走査型近接場光学顕微鏡(Scanning Near-field Optical Microscope: SNOM)"と呼ばれるものがあります。 SNOMは"近接場光"と呼ばれる光を巧みに利用することで、 従来の光学顕微鏡に存在する光の回折限界という問題を克服します。

 少し話は逸れますが、2014年度ノーベル化学賞(Betzig博士、Hell博士、Moerner博士)の受賞内容を御存知でしょうか? PALM(Photo-Activated Localization Microscopy)・STED(STimulated Emission Depletion)顕微鏡の開発に対して、ノーベル賞が贈られています。 SNOMと原理は異なりますが、PALMとSTEDも光の性質を巧みに利用することにより、光の回折限界を突破した顕微鏡です。 PALM、STED、そしてSNOMといった光の回折限界を打破した光学顕微鏡を"超解像顕微鏡"と呼びますが、この分野の注目度の高さがうかがわれます。




 さて長くなりましたが、ここからがようやく本題です。従来のSNOMは、1つのプローブで物体表面をなぞっていました。 仮にこのプローブを"プローブA"と呼ぶことにしましょう。従来のSNOMでは、プローブA直下で起こっている"光と物質の相互作用"を観測することができます。 一方、物質中で励起されたキャリア・励起子はドリフト・拡散します。高効率発光デバイス・新機能発光素子の実現には、これらキャリア・励起子の時空間ダイナミクスの完全な理解が欠かせません。 しかしながら、微小領域で励起されたキャリア・励起子がどのように振る舞っているかを観察する超解像顕微鏡は世の中に存在しませんでした。 そこで川上研究室では、新たな探針として"プローブB"を設置した、二探針プローブによる走査型近接場光学顕微鏡(Dual-probe SNOM: DSNOM)を開発しました(下図参照)。


 単にプローブBを設置するだけなら、"なんだ、簡単だ"と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、 これがそんな簡単な話ではないのです。SNOMのプローブは、物体表面からわずかに浮いている必要があります。 つまり、物体表面とプローブは接触してはいけないのです。このわずかな隙間はなんと!数10 nmです。 少し揺れただけでも接触してしまいます。 当然、プローブ同士の接触も許されません。 また、プローブはこの数10 nmというわずかな隙間の幅を保って走査されなければ、顕微鏡として意味を成しません。 すなわち、リアルタイム動作かつ安定といった、高度な制御技術の確立が必要となるわけです。 光学系と制御系の設計[1]、そしてこれらの最適化を何度も行うことで、DSNOMが完成しました(下図はDSNOMの概念図)。


 我々はこれまでに、DSNOMを用いて窒化物半導体におけるキャリア・励起子の拡散の様子を可視化することに成功しました[2]。 また、先例のない技術として特許出願し、民間企業(日本分光株式会社)に技術移転することで、DSNOMを製品化することにも成功しています。 現在は、DSNOMのさらなる改良に取り組んでいます。


関連論文 (リンク先は学内から見ることができます)
[1] A. Kaneta, R. Fujimoto, T. Hashimoto, K. Nishimura, M. Funato, and Y. Kawakami,
  Rev. Sci. Instrum. 83, 083709 (2012).
[2] Akio Kaneta, Tsuneaki Hashimoto, Katsuhito Nishimura, Mitsuru Funato, and Yoichi Kawakami,
  Appl. Phys. Express 3, 102102 (2010).